KAJIYA BLOG

人文系大学教員の読書・民藝・エッセイブログ

一日一冊主義という修行

学生時代、一日一冊本を読むと決めて過ごしていた時期がある。もう30年近くも前、大学3年の頃のことだ。

読書は当時から好きだったけれども、どちらかと言えば、自分の無知に対するコンプレックスから始まったチャレンジだった。とにかく何かの知識が得られる本であれば手当たり次第に一日一冊読む。文学部だったし文学作品が多かった記憶がある。

文学作品は200ページほどの文庫程度であれば数時間で読み切ることができる。一方、本当は哲学・思想も読むべきと思いつつ、こちらはなかなか簡単にはいかず。だからこの分野では入門書的な本をなんとか読んでいた。

最初の2-3ヶ月は意気込んで続けていたが、当然少しずつ勢いも衰える。とにかく読み終えるということが第一で、薄い本を選ぶようになったり、そのうち大衆的なミステリなども古典であればよしなどと勝手に自分ルールを作ったり。

数だけこなしても仕方がないし、一日で読むことを優先するよりも、数日かけてじっくり味読したほうが当然質的な価値はある。そんな感じでこのチャレンジは半年を過ぎたくらいで自然消滅した。*1

それでもこういう決め事をして、量にフォーカスして読んでみることは、自分を鍛えるのには良い経験だったと思う。今でも少し時間的に余裕がある時期など、毎日一冊以上読むことにして、集中的に読書することもある。
また文庫本や新書の読みやすいものは、今でもだいたい2-3時間で読了する。現在、自分は研究を仕事とする人間になり、1日1冊どころか、2冊でも3冊でも読まなけれならない。結果として良い読書習慣が身についたのは間違いない。

 *

ところで、最近いろいろ理由があって「読書論」をいくつか探して読んでいる。
たとえば加藤周一『読書術』。
加藤も若い頃、一日一冊主義で読書していた時期があったと述懐している箇所があって、それで自分の学生時代を思い出したわけだ。

ただ、加藤の場合は高校生の頃であり、その本も思想・哲学書を読んでいたらしいから、私の読書経験とは比較にならないが。けれども、興味深いのは加藤も大体一年程度で私と同じような理由でこの主義を放棄したということ。現代日本を代表する知の巨人もまた、一日一冊主義を通り過ぎて、その後の読書習慣を確立していったのかと思うと少し心強い気がする。

 

この『読書術』は1962年初刊(光文社)で、すぐベストセラーとなり、その後1993年に岩波書店同時代ライブラリーに収録、そして2000年に岩波現代文庫として現在まで読み継がれている。私が古書店で手に入れたこの版は、2019年の第24刷、大ロングセラーである。

加藤によれば、高校生に向けた読書啓蒙の書としてやさしめに書いたのだそう。語りかけるような文体で、とにかく読みやすい。それこそこの本は一日で読了した。

同時に、少しナナメからの持論が面白い。たとえば、難しくて理解が難しい本は、著者自身もよくわかっていないからで、そういう本は読まなくても良い、だとか、読んでいない本でも読んだふりをするというようなスノビズムはむしろ望ましい態度だとか…。

ちなみに、「スノビズム」(読んでいない本を読んでいるふりをする俗物根性)の反対語は「ドーセバカイズム」(どうせ無知ですよ、すみませんね、という開き直り)なんだそう(笑)

なんでも読んでいてなんでも知っているという「博覧強記主義」は望ましいけれども、この書籍で溢れかえっている現代社会ではそれは現実的ではない。だからといって「ドーセバカイズム」で開き直られては今度は逆に無知な人間で溢れかえる。であれば、「博覧強記主義」と「ドーセバカイズム」の間に、読んでるふりをする「スノビズム」があっても良い、いや、むしろそうすべきだ、という理屈。
本当に面白い。

ところで、どうして『読書術』について語っている本で、読んでいないことを肯定するトピックが含まれているのか? それは単に読書初心者の興味を惹きつけるためだけではない。

加藤が言うには、

世の中には数えきれない本が存在する。それに対して仮に一日一冊主義を生涯続けてもせいぜい2-3万冊しか読むことができない。東京都立中央図書館の蔵書のせいぜい1%にしかならない。つまりどんな多読家でも99%は諦めなければならない。100冊の中からこの1冊を読むと決める、ということは、残りの99冊を読まないと決める、ということに等しい。

全く身につまされる言葉である。

一冊本選んで読むということは、その一冊以外の数多ある読みたい本を諦めるということを意味する…。
積読状態の本を我慢しながら、一冊入魂で読む、ということ…。

確かに読書の境地を言い得ている。

一日一冊主義は、読書におけるこの禅的境地を体得するための若き日の修行であったのかもしれないな、とこの本を読みながら懐かしく思い出す。

 

読書術 (岩波現代文庫)

*1:ちなみに、当時一日一本映画を観る、というようなチャレンジもしていた。理由は同じ。BS映画を録りためたり、数日おきにレンタルビデオ店に通ったりしていた。どうも、こういう修行的な取り組みが好きな性分のようである。