情報技術と精神の安静〜梅棹忠夫『知的生産の技術』を読み直す
折に触れて何度も読み返す本がある。
以前「古い新書」が好き、といったことをこのブログでも書いたが、
古い新書 - KAJIYA BLOG
梅棹忠夫『知的生産の技術』(岩波新書)もその一冊で、今年もまたこの本を読み返した。
言わずと知れた知的生産術の古典。
1969年(昭和44)年初版。
アナログの時代に書かれたもので、今となっては使えないテクニックも多い。
例えば、タイプライターの利便性を述べ、ひらがな分かち書きで書くことを勧めていたり、新聞の切り抜きの保存管理法について述べていたりして。微笑ましくはあるが…
アマゾンのレビューを見ると、古すぎて使い物にならんと否定的に捉えるものも散見されるようで。
けれども、その根底に流れる考え方、思想は現代にも応用可能だし、梅棹忠夫の研究や知的アウトプットに向き合う姿勢やマインドを学ぶことは今でも有益だ。
この本は、当初は技術紹介的な性格が強かったと思われるが、刊行後60年以上(!)が経過した今、技術よりもマインドの方がはるかに勉強になる。
今回読み直して改めて「面白い」と思ったのは、情報の整理について。
ページにすると89から107ページ、「5 整理と事務」の節あたり。
「おや?こんなことも言っていたのか」と面白く感じた一文を紹介する。
このような整理や事務の技法についてかんがえることを、能率の問題だとおもっているひとがある。(中略)しかし、じっさいをいうと、こういう話は能率とは無関係ではないとしても、すこしべつのことかもしれない。(中略)
これはむしろ、精神衛生の問題なのだ。つまり、人間を人間らしい状態につねにおいておくために、なにが必要かということである。かんたんにいうと、人間から、いかにしていらつきをへらすか、というような問題なのだ。整理や事務のシステムをととのえるのは、「時間」がほしいからではなく、生活の「秩序としずけさ」がほしいからである。(中略)
知的生産の技術のひとつの要点は、できるだけ障害物をとりのぞいてなめらかな水路をつくることによって、日常の知的活動にともなう情緒的乱流をとりのぞくことだといってよいだろう。精神の層流状態を確保する技術だといってもよい。努力によってえられるものは、精神の安静なのである。
「精神の安静」「人間らしさ」「生活の秩序としずけさ」…
知的生産において情報をいかに収集し、それを整理して有効的に活用するかという、まさに「知的生産技術」がこの本の真骨頂と思われがちだが、思いの外のワードが並ぶ。
梅棹忠夫はこの技術の本質的な目的は、「精神衛生の問題」であり、いかにして「いらつきをへら」し、「情緒的乱流をとりのぞ」き、「精神の安静」を得ることだというのである。
情報が整理されていれば「精神の安静」が得られるというのは、ある意味「片付け」「断捨離」もその流れのうちにあり、現代人こそその意識においてはさらに先を行っているのだが、ただ、もう一つの「情緒的乱流をとりのぞく」というという表現は今回一番面白く感じたところだ。
*
梅棹忠夫がこの本を書いた時点では、整理や事務システムは研究室や内部の秩序維持のためのスキルやシステムだっただろう。
しかし現代社会は個人研究室であっても常にネットで外部と接続され、内部では全く完結しない。情報はクラウド上にあり、他の研究者とも常時コネクトしながら作業をしているのが現代の知的生産の現場だ。梅棹忠夫の時代よりもはるかに情報の整理作業は自分の管理管轄から遠く離れたものになってしまっている。
私が個人のPC内部で管理していたはずのフォルダやファイル類も、いつのまにか、Dropbox, Google Drive, Teamsなどのアプリ内に保存され、他人と共有しあっている。知らぬ間にファイルが投げ込まれるし、更新されもする。
人文学系のデータであっても情報技術が進んでいる。
膨大な資料がいっぺんに検索可能であったりもするが、その一方でそのデータベースを十分に使いこなせているかどうかは怪しい。
その上、年々そのデータベースも拡大し、またシステム自体もバージョンアップを繰り返しているので、検索するたびに異なったアウトプットが出てくることも稀ではない。
かつての人文学系の調査では、物理的なアーカイブの中から資料を探しあてることが一つの大きな作業であったが、今ではむしろPC画面上で資料の方から次々と現れ出てくる。
しかも本当に必要かどうかわからないけれども、何か関係りそうなものをAIが次々と紹介してくる。
梅棹忠夫は散乱、拡散する情報をコントロール下に置くことが「精神の安静」につながると捉えたわけだが、それから数十年が経過し、実態はさらに悪化しているのでは、と感じてしまう。
クラウドやAIは、個人の頭では処理しきれない情報操作を代わりにやってくれるものとして技術的な期待が寄せられているが、それが「精神の安静」につながるものとは限らない。一方で「情緒的乱流」をむしろ引き起こしてしまう原因になりはしないかと危惧してしまう。
授業コメント裏話
私が担当している社会学概論(1年前期)という講義では、全15回の講義で毎回600字以上の授業後コメントを求めている。学生は授業の翌々日の夕方までにLMS(本学ではUNIPA)にテキストで投稿する。600字×15回なので、学生は合計9000字以上書くことになる。
初回授業でこのことを伝えるわけで、この時点で一定数は受講を迷うらしい。それでも、とりあえず毎年40名ほどの学生が受講してくれている。
最初は感想で600字を書くだけでやっと、という学生も見受けられる。締め切り時間ギリギリによくみると601字といった文字数で、せいぜい授業の感想を述べた程度の文章が提出されたりするのを見ていると、必死にやったんだなと微笑ましい。
講義も5回を過ぎたくらいになると徐々に鋭い考察を示したり、面白い事例を紹介してくれたり、さらには逆質問を投げかけてきたり、といった読んでいて面白くなるコメントがみられるようになる。
文章もこなれて読みやすくなってくるし、構造化されているものも出てきて説得力あるなと思わせるコメントも。密かにこの学生は次何を書いてくるかなと期待してしまう学生もちらほら現れ出す。
授業冒頭では他の学生にも読ませたいコメントを電子データで配信し、講評を加えている。授業で紹介されたことをとても喜んでくれる学生もいるし、自分も紹介されるように頑張ってコメントを書いている、と言ってくれる学生もいる。
最終回は全体の総括をしても良いという課題を出すが、大半の学生が15回の講義を振り返った上で、自分の考察を述べてくるのだから感心する。
システムの都合もあり、4,000字以下という字数制限があるのだが、今年も4,000字びっしり書いてくる学生が数名いた。
先日、この最終回の学生コメントを読みすべての採点を終えた。本当に学生の成長が教える立場からも実感できる。
大学教員歴20年ほどになるが、6-7年くらい前から毎年試行錯誤を繰り返し、変更を加えながら今の授業コメントスタイルに辿り着いた。これにはLMSの導入によって、学生のコメントとそれに対するコメントをオンライン上で即座にやれるようになったことが大きい。
以前は紙(手書き)でやりとりしていたから、どうしても求める文字数も少なくなるし、それに対するフィードバックにも限界があったが、今は提出してくれた全員に毎回、個別にフィードバックコメントを返すことができるようになった。
授業コメントを講義の2日後までに投稿。それを読んで、1週間後の次の講義の前日くらいまでにコメントとスコアを記入して各学生に返却する、ということの繰り返し。
私も一人一人に200字から400字くらいのコメントを全員に返すので結構な作文量になる。「全員にコメント返しは大変ですね」と気遣ってくれる学生もいるけれども、毎週のルーティーンになってしまっているので、まあなんとかやれるもんだよ。
自分は何かと作業時間を測るのが好きで、一度コメント返しのスピードを測ってみたところ、10人/hということのようだった。だから1週間に4時間程度、このフィードバック作業に費やしていることになる。
今年度は水曜日に講義で、金曜日にコメントを締め切り。土日が空いていれば土日で読みながらコメントし月曜日か火曜日に全体見直してコメントやスコアの調整をする、というルーティーンだった。
土日に余裕があれば、学生のコメントを読みながら、知らない情報を確認してみたり、コメントの中で紹介されていた映画や音楽などを視聴してみたりもする。当然さらに時間はかかるけれども、この作業は案外楽しい。休日だから本を読んだり映画をみたり、音楽を聴いたり、その合間に学生のコメントを読んでコメント返しをしているという感じだ。
ただ土日に学会出張やオープンキャンパスなどの大学行事が入ることも多く、そうなるとこちらの作業をする余裕はなくなる。移動中の飛行機や電車の中で書いたコメントもある。実はオープンキャンパスで手が空いた隙に、2-3名にコメントを返したこともある。たぶん、どんな環境で書いているかによって、私のコメントの質も変わっているのではないかと思う。
ところで、この毎回600字という課題は、学生に負荷をかけてやろうと思って始めたものではない。*1むしろ、90分の講義を聞いた挙句、特にインタラクティブなやりとりもないまま放置される学生って可哀想なのでは?という気づきから始めた工夫だった。
90分も話を聞いてれば、自分なりの意見、感想、自己主張、体験談、疑問、文句、クレーム、独り言などなど全く思いつかないなんてことはないだろう。言いたいことの一つや二つは出てくるだろう。
逆に90分話をして学生から「なんのコメントも出てきません」と言われる授業をしているとすれば、それはかなり反省しなければならない事態だ。
この手の概論科目は一般的な座学形式になりがちだ。けれども、それは仕方がないとは思わない。座学であっても学生には自分の考察を発表してもらいたいし、他の学生の考察にも耳を傾けてほしい。講義をきっかけにさまざまな議論や考察に広がってもらいたい。社会学、特に文化の側面からの考察については、一つの知識、一つの正解を覚え理解することで終わってはいけない。むしろ知識理解は次の課題への出発点に過ぎない。
私の授業を聞いて、「関連して、**という事例もあると思います」「私はむしろ**と考えますが、どう思いますか?」、極端な話「先生は**と言っていましたが、私はもう少し別の考えです」といった意見こそ期待している。そしてそれを他の学生と一緒に考察したい。
毎回のコメント課題は負担だという当初の反応とは裏腹に、学期末の授業アンケートの結果を見てみると、大半の学生がこの授業スタイルに好意的な反応を示してくれる。まあ、否定的な学生は途中でドロップアウトしているということかもしれないけれど…。
「授業を終えてみると、授業コメントはそれほど負担とは感じなくなっていた」、「自分なりに授業後に調べてみて考察を加える習慣が身についた」、「他の学生が自分とは異なる観点から社会を見ていることで視野が広がった」といった感じのコメントが毎年寄せられている。
コメント課題を与えれば、それに対するなんらかのフィードバックをするのは当然のこと。全体にフィードバックをするなど、いろいろ方法もあり得るが、この授業では個々にフィードバックすることに決めている。全員に200字程度のコメントを返しているので、なかなかの負担ではある。それでもこの形式を続けているのは、やはり学期を通しての学生の成長を見たいが故である。特に1年生は効果が顕著に現れる。
これは大げさな表現ではない。本当に、学生は、どんどん面白くて、鋭いことを言うようになってくる。
そして、自分もそれに対して返答するのに多くのことを学んだり考えたりしている。返答するために本も読む。この知的作業を楽しんでいる一面もある。
問題があるとすれば、自分の負担ではなく、学生とのインタラクティブなやりとりをする時間をどう確保するかということである。毎週4時間、コメント返しのために時間を割くことは簡単なことではない。
学生指導を楽しめるだけの時間的、心理的余裕が、教員には必要なのではないかと思っている。
*1:ただ、大学の授業では、1コマの授業に対し4時間の予習復習を設定することになっているので、結果的にこの課題は復習に該当させている。予習としてテキストの読解を課しているので、予習復習あわせて4時間程度かかる計算である。
学生指導について〜課題を「発見」する
学生の指導は純粋に面白い。
以前も卒論指導についてそのような記事を書いたことがありますが、今日はその続編。
学生のテーマを聞きながらいつも気にしていることがある。
それは課題を「発見」できているかどうか?
研究なのだから「課題」がなければ始まらないだろう、と思われるかもしれないが、ここでいう「課題」は少し一般的な意味と違う。
どういうことか、ちょっと考えを深めてみたい。
今は、「実学」とうたって社会の要請に応える研究というのが推奨される時代。
要は「世の中の何の役に立つのか」という問いに答えられる研究をすべし、という風潮がある。
世の中の役に立つ研究は素晴らしいものだし、これを否定するつもりは全くない。むしろ役に立つことをやってほしい、と思う。
ただ、この問いに答えるために何か研究の大事なことを疎かにしていないか、ということがとても気になっている。
たとえば、「地域の過疎化」はよく学生が取り上げるテーマだ。
有効な解決策を提案できれば地域社会のから喜ばれるだろうし、実行不可能な提案であっても、研究を通じた考察はその学生の将来の糧となる。
この場合、ある地域の過疎化という現実があり、それに対する解決策を検討するための研究、という流れになる。
課題→研究(解決策)
真っ当な考え方で問題はない。
ところで、現代の大学生(最近は小学生でも、中学生でも)が身につけるべき能力として、「課題解決・課題発見能力」がうたわれている。
これらはセットで語られてしまっているが、能力としては全く別のものだ。
社会に出れば、それぞれの所属組織の中で課題山積で、上司の指示に従ってそれに向き合うことになることが多いだろう。課題はすでに与えられている。「年間売上を伸ばせ」「地域振興策を検討せよ」「新商品を開発せよ」「待機児童を減らせ」「働き方を改善せよ」などなど。
先ほどの「地域の過疎化」もすでに日本中どこにでもある、いわば「発見済み」の課題、与えられている課題。
社会に出ればだれでも「発見済み」の課題の「解決」に取り組むことになる。
一方で「課題発見」の方はどうだろうか?
誰も気づいていない社会課題を発見するというと大変そうだが、すでに「発見済み」の課題であっても、さらに深掘りしていけば、未発見の側面は多くある。
過疎化を問題にするにしても、そもそも「過疎」とはどのような状態だろうか。Googleに聞けば「急激な人口減少によって生活基盤が維持できなくなり〜」という月並みな回答は得られるが、ではどれほどの人口が保たれれば、どのようなインフラが維持できるのだろうか。
あるいは高度経済成長期はむしろ「過密」が問題視されていたわけで、人が大勢集まることで発生する問題も数多くある。ではどれくらいのバランスが適当なのだろうか。
それは誰にとって、どの地域にとって、どのような属性の人にとって…。と考えていくと、過疎化を問題化するということはどういうことなのか、ということまで考え込んでしまう。
この問題に新しい課題意識から取り組み成功を収めている自治体が北海道にある。
東川町である。
東川町は過疎、過密という課題意識から離れ、「適疎」という概念を生み出し、自分たちなりの課題として設定した。
「自分たち町民にとって最も居心地のいい状態(人口や産業経済、インフラ、サービス)とはどのような状態か」という問いを持ち、結果として必要以上に人口を増やさない、減らさない「適疎」という価値観を町民で共有することにしたのだ。
東川町に話を聞きに行ったことがある。町長も気さくに応じてくれるフットワークの軽さが魅力の町だ。
この町は今や全国各地、世界各地から移住希望者がいる。町も移住者を歓迎しているが、毎年数十人から数百人の人口増でむしろ抑えるようにしているという。
急激な人口増は社会構造の変化を伴うし、それに対応する地域の負担も大きい。
また町では自分たちらしい暮らしを維持するためには人口1万人を超えない程度が適当であると考え、移住希望者は順番待ちの状態であっても、そこは曲げない。
この発想ができたのは、課題解決一辺倒ではなく、課題発見の意識があったからだと思う。「過疎」という与えられた課題だけではなく、その背後にある、あるいは別角度にある課題(つまり「東川町民にとっての豊かな暮らしとは何か?」という課題)の発見があったからこそ、他の自治体とは異なる解決策を見出すことができたのである。
この視点を第一に持つべきなのは研究者である。
そして、この研究者には学生も含めたい。学生は4年間とはいえ、実務から離れたところで研究活動をする期間が与えられている。
人間は社会で生きていけば、つねに「課題」が突きつけられ、日々その解決に迫られる。ある意味それが「仕事」だとも言える。
だから、現実社会から一歩引いた立場から課題に向き合える学生には、「解決」だけではなく、その問題解決の前の、問題発見の力を身につけてもらいたいと思うである。
課題→研究(解決策)
という流れを先に示したが、学生が研究テーマを考える上では、
発見→課題→研究(解決策)
というところまで踏み込んで考えてもらいたい。
「発見」こそ研究の醍醐味である。
むしろ「解決策」はなくてもよい。その検討は実際に現場で実務に当たっている人々の方が長けている。
私がおそろかになっていないかと気にかけているのはこの「発見」である。
「社会や時代の要請に応える」ことが求められる時代だが、「要請に応える」とは個別具体的な解決策を示すだけにとどまらないものだ。
働いていても本を読む
三宅香帆『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』集英社新書,2024年4月
この春読んだ新書の中で印象的だった一冊。印象的とは、自分の身につまされたという意味で。
職業柄、本は必ず毎日読んでいる。特に今の職業(大学教員)となってからは、本を開かなかった日は間違いなく1日も存在しない。
だからこの本のタイトルは本当は自分には当てはまらないはずなのだが。
なのに、なぜこの本を読んで身につまされることになるのか。
少し本の主張を整理してみよう。
三宅さんは日本人の労働と読書の関係を、明治時代に遡って、その変遷を辿っている。
近代日本人は、もっぱら本を自身の立身出世や自己形成のために読んできた。
明治は「修養」、大正は「教養」、昭和は「自己形成」。
社会を生き抜く人格を日本人は読書を通して養ってきた。事実、1970年代頃まで、日本人はよく本を読んでいたのである。本を読むことは自分を高めることであり、ひいては自分の社会的地位にも関係するものと考えられていた。
ここまでが本の前半部分。
日本が戦争を挟みながらも経済的にも政治的にも国際的に地位を向上させてきた時代で、自分磨きはそのまま自分の社会的ステータスの向上に結びつくと信じられていた時代でもある。
本書後半はバブル崩壊後の1990年代から現在に至るまで。
この時代に労働と読書の関係は一変する。
それまでの読書は社会に関する知識を得るもの、「自己形成」の手段であるというものから、90年代以降の日本人は、自分がコントロールできない社会のなかでいかに「自己実現」するかという方向に目が向けられていくという。
本文を一部引用すると。
1990年代以前の〈政治の時代〉あるいは〈内面の時代〉においては、読書はむしろ「知らなかったことを知ることができる」ツールであった。そこにあるのは、コントロールの欲望ではなく、社会参加あるいは自己探索の欲望であった。社会のことを知ることで、社会を変えることができる。自分のことを知ることで、自分を変えることができる。
しかし90年代以降の〈経済の時代〉あるいは〈行動の時代〉においては、社会のことを知っても、自分には関係がない。それよりも自分自身でコントロールできるものに注力したほうがいい。そこにあるのは、市場適合あるいは自己管理に欲望なのだ。
そしてこれこそが、2000年代以降の思想ではないだろうか。(pp.183-184)
三宅さんがいう「2000年代以降の思想」にものすごい寂しさを感じる。「社会参加」「自己探索」の欲望から、「市場適合」「自己管理」の欲望へ。何か日本人の生き方そのものが小さくなったというか、他律的なものになったというか。ただ、確かにそういう時代のようにも感じる。そういう寂しさである。
2000年代以降の〈経済の時代〉〈行動の時代〉とは、政治が自分の生活をなんとかしてくれるものではなく、自分の食い扶持(経済)は自分でなんとかしなければならない(行動)という時代を言っているだろう。
自分の外部にある政治や社会に、環境の変化や改善を期待しない。自分の内部にフォーカスし、今の環境のなかでいかに周囲に適合してやっていくか、そしてうまく生き抜くかというサバイバルの時代だということでもある。
不安定な労働市場の中で自分の居場所をつくり、成果を出していくために、自分自身の管理に焦点が当てられ、自分にとって必要な情報だけを効率よく得、不要な情報を排除するようになる。
そうすると、読書から得られる人間や社会に関する様々な「知識」はむしろ、自分と関係のない「ノイズ」として除去されるようになるというのだ。ここは目から鱗だった。
自分にフォーカスするが故に読書から離れていくのではなく、読書は余計な知識をもたらすものであるが故に排除されるということである。
この論理が本当に妥当性があるかどうかはもう少し慎重な検討も必要だろう。
ただ、例の人文学系の学問に寄せられる「これを学んで何の役にたつのか?何の意味があるのか?」という素朴な質問は、まさにこの思想を背景になされているのだろうと想像してしまう。
つまり、(自分にとって)役にたつのであれば必要な「情報」だし、役に立たないのであればノイズとしての余計な「知識」であると。
本が売れない時代といっても、「勉強法」「片づけ本」「断捨離」「仕事術」といった自己啓発本は爆発的に売れている。その本で人が求めているのは、知らなかった「知識」ではなく、自己実現の方法論だろう。自分自身は自分でコントロールできるはずだから、自分自身に注力する方法論を求めるのである。
このような「思想」のもとでは、文学作品を読んで異なる立場の人の文脈を理解したり感情を共有したりすることを人は望まない。
哲学や思想などの人文学書も、今ここを生きる自分の人生をややこしくするだけのものとある人の目には映るのかもしれない。
難解で正解のあてのない社会問題を論じる社会科学系の本は、アンコントローラブルな社会に対する無駄な足掻きとでも見えるのだろうか。
サバイブに必要な「情報」以外は、まさに断捨離される。
*
ただ、振り返ってみると自分もまた、その「思想」の上で仕事をしているところがある。
自分も達観して世の中を批判できるほどストイックに知識だけを求めて読書しているわけでは全くない。
以前、社会学者の森真一さんの本をもとに、自分なりの人文学という学問観について書いたことがある。*1
そこでは、人文学は「寄り道」をしながらゆっくり進んでいくものと述べた。
人文学は一直線でゴールに辿り着くものではない。一見関係ないと思われるようなことへの関心が、自分のテーマに新しい視点をもたらし、当初自分が思っていたものよりも優れた、より深化したゴールに導いてくれる。
寄り道こそノイズだらけの営みであり、人文学はノイズを求めながら学び進めるものだ。
あまり関係ない本を読んだり、あっちこっち旅行したり。研究テーマを追求しつつも、それとは関係のない寄り道ノイズ知識もいつかどこかで、研究や教育につながるはずと思って専門以外の知識や体験をむしろ積極的に受け入れている……
つもりだが、現実には毎週の授業を成立させることと頻繁に訪れる原稿・書類の提出期日を守り業務に支障をきたさないことが最重要のミッションで、寄り道などしている場合でなく、必要な「情報」を揃えてなんとか仕事を形にすることが目的化している。
本を読んでいても「知識」としてよりも、授業や校務のための「情報」として、必要不必要のふるいにかけている。余計な知識や情報に手を出していると締め切りまでにまとまらない。振り返ってみると確かにそういうところがある。
意識して研究と直結しない本を読む読書会に参加したり、自分で主宰したり、また休日は極力教育とは関係のない分野のものに接しようとしたりしているが、それこそ仕事が積み重なってくると真っ先に省かれるのはこの「寄り道」的活動だ。読みたい本があっても、「今はちょっと読んでいる暇ないな」といって積まれていく。
教育・研究を成り立たせることは自分の職務上当然のことだから、このこと自体を批判する気はないが、ただ現代社会の仕事の「思想」は人を本から遠ざけているな、という実感がある。
*
三宅さんは最後にこのような現代の「思想」に対して、新たな生き方の提言をしている。それは「全身全霊社会」から「半身社会」への転換である。
現代人は〈経済の時代〉、〈行動の時代〉を生きるのに精一杯で、精一杯やらなければ取り残されてしまう(と思い込んでいる)。
ところで唐突だけれども、こんなことを書いていると、スキマスイッチの「全力少年」(2005年)の歌詞が思い浮かぶ。
躓いて、転んでたら置いてかれんだ 泥水の中を今日もよろめきながら進む
これは、「全力少年」の歌い出しであるが、まさにこの社会観は「全身全霊社会」の姿を彷彿とさせる。
仕事を「全身全霊」でやらなければ置いてかれる。泥水の中をよろめきながらでも進んでいかなければならないとは、歌い出しからヘトヘト感がすごい。
こんな仕事観では、関係のない「ノイズ」は極力除去して、必要な「情報」を集めることに躍起になるのもわかる。とにかく仕事を前に進めなければならない。
そして、この仕事を効率よくなんとかこなせるようになるノウハウ、スキルを求め自己啓発本やハウツー本に人気が集まる。
でもそんな働き方・生き方、誰も望んでいないだろう。仮に先頭を走っていて、その時は調子良くやれていても、いずれ人は燃え尽きてしまう。
スキマスイッチの歌う「全力」は、少年の持つ遊びに対する「全力」で、「全身全霊」と全く対極の意味で使っている。
遊ぶこと忘れてたら老いて枯れんだ ここんとこは仕事オンリー 笑えなくなっている
遊ぶことを忘れ、仕事オンリーの「全身全霊」人間に対して、スキマスイッチは以下のようなメッセージを伝える。
積み上げたものぶっ壊して 身に着けたもの取っ払って
止め処ない血と汗で渇いた脳を潤せ
あの頃の僕らはきっと全力で少年だった
今の「思想」では、かつて「全力」で夢を追っていたはずの少年は、就職したのち、「遊ぶこと」は「ノイズ」であり除去すべきもの、と考える社会人に変わってしまうだろう。そして「老いて枯れる」。
さて、スキマスイッチさんは「積み上げたものをぶっ壊して」と提案しているが、三宅さんはそこまで言わず、「全身全霊」社会をやめて、「半身」で生きよ、と提案する。
仕事は週に3日、兼業可能、労働時間もフレキシブルにといった具合で、仕事は「全身」ではなく「半身」。これが半身社会。
半身になれば、そのもう半分は、趣味や家庭やなんでももっと複数の文脈の自分を持つことができる。
半分は仕事、半分は寄り道くらいの生き方の提案である。
こういう仕事量を自分で加減できるという考え方はとても今必要なもので、フレキシブルな働き方の模索は各地、各企業でも行われている。
ただフレキシブルな働き方についても主張によってその目指すところはいくつかある。よくあるのは子育てに合わせ仕事時間を融通・加減できるといったもので、それはそれで有効だろうけれども、それだと仕事と子育てで全身全霊になってしまうかもしれない。
三宅さんの主張を自分なりに読み解くと、仕事半身になることで、残りの半身は自分が自分らしく生きられる部分(「寄り道」部分)として残しておきましょう(自分らしくが三宅さんの場合は読書)、ということなのだと思う。
ひとまず社会全体で全身全霊社会はいいことないよね、自分の心や時間の半分は、自分のためのとっておける社会の方がいいよねという、考え方。
こういう考え方を共有することは、ささやかなことだけれども誰でもできること*2で、この積み重ねはいずれ社会と人々の心を穏やかにしてくれる、救ってくれるものだと私も共感する。
この本は「働きながら本を読めるような社会を作りたい」という思いから書かれたものだというけれども、本質は本が読めるかどうかに限定されるものではなく、他の趣味でも何でもよいので、「寄り道」くらい自由にできる余裕のある世の中にしたい、そのために労働に対する考え方をもう一度見直してみましょうという提案の書だ。
これから働く人になる学生にもぜひ読んでみてほしい推しの一冊です。
ロシア現代女性フェミニスト詩と平和
2024年7月28日(日)
日本比較文学会 2024年度北海道支部・東北支部 第8回比較文学研究会に参加した。会場は仙台市の東北大学文学部(川内キャンパス)

研究発表2件と特集で講演1件、発表2件という半日で行う小さな規模の研究会だけれども、内容は大変充実していて会場とのディスカッションも興味深く、学びの多い研究会だった。
特に今回の特集「〈フェミニズム〉再考ーーフェミニズム的問題意識の現在ーー」で講演された高柳聡子氏*1の「拡散するロシアのフェミニストたちーー新たな亡命文学の地平ーー」で伺った話は衝撃的だった。
講演冒頭に近代ロシアにおける女性抑圧の歴史的経緯について語られる。
ロシアでは性的マイノリティを法的にも社会的にも抑圧、弾圧してきたこと。
家庭内暴力(DV)を犯罪としない法律まで制定されていること。
それもますます過酷なものになっていること。
それが元でさまざまな凄惨な事件がたびたび引き起こされていること。
一つ一つの事実、事例がショッキングだ。
高柳さんは、そのような中で現代ロシアの若いフェミニスト詩人・作家を取り上げ、紹介していく。
オクサーナ・ヴァシャキナ、ガリーナ・ルインプ、ダリア・セレンコ。
いずれも1990年前後に生まれ、プーチン政権下、徐々に性に対する抑圧、弾圧が苛烈なものになっていく2010年代以降に徐々に活動を活発化してきた女性詩人たちである。
そして2022年のウクライナ侵攻があり、彼女たちは反戦思想家としての活動へとその活動の範囲を広げていき、やがて亡命を余儀なくされた。ダリア・セレンコは性的マイノリティを支援し、ウクライナ侵攻後は反戦運動を展開する中で、ロシア国内にいることができずジョージアに、現在はさらにジョージアも出て欧州へと亡命生活を送っているという。
今日本ではロシア=悪という見方を多くの人がしているけれども、ロシアの若い女性詩人たちはそのステレオタイプを大きく裏切る存在だ。
ロシアの破壊行為はどうみても悪以外の何ものでもないが、だからと言ってロシアを悪一色で塗りつぶしてみても何かの解決に結びつくとも思われない。
「勝てば官軍負ければ賊軍」的な短絡思考は生産的ではない。
あえて別のロシアに目を向けることは重要なことだと思う。
*
ところで、研究会終了後の懇親会にて高柳さんからいろいろ興味深いお話しを伺った。その中で気になる一言があった。
「ロシア人は本来臆病で、戦争などしたくない人々だ」
ウクライナへの攻撃を続けているロシアを見ていると意外な一言だけれども、言われてみると、確かにロシアの歴史は戦争被害の歴史でもある。ナポレオン戦争や第一次世界大戦、ロシア革命後のシベリア出兵、第二次世界大戦時の独ソ戦など、ロシアは西欧諸国からの攻撃をたびたび受けてきた。
その都度跳ね返してはいるけれどもいつも莫大な人的被害を被っている。第二次世界大戦で最も人的被害が大きかったのもソ連で、日本の犠牲者が300万人に対し、ソ連の犠牲者は2000万人とも3000万人とも言われている。世界で最も戦争で国民が犠牲になっている国だと言えるのではないか。
強国のイメージ、軍事大国のイメージもあるが、別の一面からみると西側からの脅威に怯えていた国でもある。
ただし、西側諸国とロシアの間にあるポーランドやフィンランド、そしてウクライナといった東欧や北欧諸国は西と東の緩衝地帯とされ、それ以上に過酷な状況になんども置かれて来た事実も忘れてはならない。
どの国でも犠牲になるのは一般の市民であり、特にマイノリティの立場にある人々は過酷な運命を辿ることになる。
社会的に弱い立場にある人々の声を聞くことは、ロシアだけでなくある一つの国家、あるいは社会の別の一面を知るための重要な手がかりになる。
多面的な理解は、悪一色に塗りつぶして相手国を非難することよりも、生産的なことで、当事国ではない人にこそそういう思考や態度が求められると思う。
現代ロシアの女性フェミニズム詩を読むことは平和を希求することにつながっている。小さくても確実に誰にでもできる活動である。
石原千秋『未来形の読書』を読みなおす
研究室の本棚の新書を整理していて、久しぶりにこの本を手に取った。
石原千秋さんといえば、私が大学院生だった時、文学研究界、新進気鋭の代表格のような存在。一生懸命読んだ。
文学理論について平易な言葉で、具体例も挙げて説明してくれている。
私の授業で難解な理論を説明する時にこの本は活用させていただいている。
今回、改めてパラパラ読み直していると(本棚の整理をすると大体こういうことになる。いつの間にかそれまで読んでいた本を一旦置いといて、こっちの本を最後まで読んでしまう。)読書論としても改めて学生に薦めてみたい本だと気づいた。
本を読んでもらいたい、という気持ちからいろいろ読書論を読んで、それをもとに学生ともお話しをすることがあるけれども、この本ももっと早くに薦めていたらよかったと思う。
「読書術」というタイトルを冠しているのだから、やはりどう本を読むのか、ということがテーマにはなっている。
けれども、一般的な読書論、読書術とは観点が違う。
一般的な読書論は、読書の効用の理解からはじまり、どんな本をどうやって読めば良いのか、読めるようになるにはどうすれば良いのか、といった感じで、読書を励行していくだろう。*1
それに対してこの本では、まず「読書とはどういう行いなのか」というところから始める。大学の先生らしい導入である。
面白いのは、読書には「未来形」と「過去形」の二つの読み方がある、という説。
まずは「過去形」について。
人は本を読む前から本の周辺の情報(パラテクスト)を元に、ある程度本の内容をわかっている(もしくは予想している)。
人は、知っていることやわかっていることが書かれている本を読み、自分の知識や考え方が合っていることを確認して安心するところがある。
物語であっても、人の成長物語や恋愛物語など、最初から結末がわかっているにもかかわらず読んで納得する。
ダメな主人公が努力して成功する、ひたむきな愛が相手に届き成就するなど。
これがいわゆる「過去形の読書」、今の自分を肯定するために読む読み方だ。これまでの自分の知識や世界への理解が正しいということを確認している。
(ちなみに石原さんはこの読み方がダメだと言っているわけではない。)
つぎに「未来形」。
わからないことが書いてある本を読むということは、読み終わった時には自分はそれをわかっている人になっているはずだ。わからなかったことがわかるようになっている、そういう知的な成長を期待をもって読むのが「未来形の読書」である。
そして、その本を読もうと思って手に取って選んだ、ということは、その読書には自分が、そういうことをわかっている人物になりたいという、期待する自分の未来像が反映されていることになる。
ここに自分のアイデンティティの問題が浮上する。
そして、ここにイーザーの空所理論が挿入される。人は本の内容をそのまま理解して自分の取り入れるわけではなく、解釈の余地(空所)がさまざまにある本を前にして、自分なりの解釈を施しながら読み進め理解する。
自分がどんな人間になりたいのか、という思いが読書内容(理解、解釈)に投影されるというのである。石原さんの言う「本は読者の鏡である」ということだ。
さらに、この過去形と未来形の読書術について、ヤウスの「期待の地平」理論が持ち出される。
自分が知っているとおりだった(過去形の読書)というのは、地平の変更の幅が小さい=大衆的な受容であり、一方で、未来形の読書は、自分が知らない知識を得、知らない世界を見ることができるという意味で驚きがある、つまり地平の変更の幅が大きい=美学的な受容だ、ということである。
ヤウスの理論がそうであるように、石原さんの言う、過去形の読書と未来形の読書の間にも優劣があるというわけではない。どちらもそれぞれ効用がある。
だが、やはりタイトルが「未来形の読書術」とあるように、石原さんが強調するのは未来形の方である。
数ある本の中からその本を取り出し、読み始め、そして何らかの理解を得るという行為は、自分のアイデンティティと深くつながった行いなのだ。
未来形の読書の中には、自分はなにもので、これからなにものになるのか、なりたいのか、なろうとしているのか、という問いが自然に投影される。
自分が知らない知識世界を得ようという未来形の読書をする人は、自分がどうありたいかという問題に向き合っている人なのだといえる。
石原さんは知識欲を持っている状態を(年齢問わず)精神的に「若い」という。逆に例え実年齢が若くても知識欲や好奇心がない状態を「精神的老人」という。
未来形の読書を通して精神的な若さを保つこと、そして、決して精神的老人になってはいけない。これも石原さんのメッセージの一つだろう。
*
だいぶ自分の理解、解釈を交えた要約ではあるが、「未来形の読書」は以上のようなことを述べている。一般的な読書論とは異なるのがわかる。
そして、私が、石原さんのこの本を手に取ったのは、読書とは何か、その効用を自分も知りたいし、学生にも伝えたいという未来の姿がイメージされているからだ。
それを自分の教師としての使命と自ら任じているから読んだのだ、ということになる。
自分の教師としてのアイデンティティにつながっている。そのようなアイデンティティへの意識がなければ、この本を自分から手にし読むこともなかっただろう。
本棚を眺め、これまで自分が読んできた本(あるいは積読状態で読んでいないものも含め)は、自分自身の未来形なのだと気づく。
これらの本にある知識や世界を知った自分でありたい、という自我が本棚には反映されている。
だから人に本棚を見られるのは、少し気恥ずかしいのだろう。
瀬戸紀行
民藝を研究してきたのに、瀬戸にはなぜかこれまで縁がなかった。
学会があって名古屋に行くことがあっても、瀬戸まで足を伸ばすという機会はなかった。
中部国際空港の開港によってなおさらそういう土地柄になった。
*
この3月、間暇を得て、昨年開館した瀬戸民藝館・くらしのミュージアムを訪問した。
新千歳空港から中部国際空港まで移動し、その足で瀬戸民藝館に直行した。今回の第一の目的は瀬戸民藝館を開設した水野雄介氏に直接お話しを伺うことだった。
こういうきっかけがなければ今後もまだ瀬戸を訪れる機会は先延ばしになっていたかと思う。
中部国際空港から瀬戸まで乗り継ぎを経てさらに相当時間がかかる。
常滑が空港に隣接していることとの格差を感じる。12時すぎに空港着であったが、名鉄→地下鉄→名鉄と乗り継ぎ、尾張瀬戸駅からタクシーで民藝館に到着したのは約束の午後3時ちょうどであった。
民藝館に到着すると、水野さんが笑顔で待っていてくださった。
本州では常に遠方からの客となる北海道人には、笑顔が何よりのもてなしである。
数時間の移動中に考えてきたいろいろな事柄が解きほぐされる一瞬でもある。



水野さんからは、民藝館1階の展示の説明を受けながら、瀬戸の焼きもの作りの歴史、瀬戸と民藝の関係、瀬戸における水野さんの窯(本業窯)の立ち位置、先々代の第6代水野半次郎さんの業績と柳宗悦の関係、などなど、多くの有益なお話を伺った。
瀬戸にとって焼き物は、地域の歴史文化であると同時に、地域経済を支える重要な地場産業である。地域全体を覆う経済システムが確立しており、それが民藝と縁遠いイメージを与えるのかもしれない。民藝といえばそういう近代的な資本主義経済から取り残された小規模生産のイメージが強い。
お邪魔した本業窯も地域とのつながりを持ち、そのシステムの一部ではある。
であるが、本業窯は独自に瀬戸の焼き物文化の伝統を今に伝えている。民藝館を開設したのも、そういった活動の一環だという。


本業窯の見どころの一つは巨大な連房式登窯。数十年前まで実際に火を入れて使用していた。その動画も拝見したが、大変な迫力である。
焚き口が3つあるのもすごい。焼成室は4室あるが、以前は10室の登窯も使用していたという。焼成室一部屋一部屋もかなり広い。
民藝の里にある登窯の規模とは大きな違いだ。通常焚き口は1つだし、房一つ一つも人が腰をかがめて入るような大きさが一般的。
窯の中も案内していただいた。大人が立ったまま自由に歩ける高さも広さもある。



長年使いこまれた焼成室の壁を眺めながら、水野さんの解説が面白い。
瀬戸は言わずと知れた六古窯の一つ。長い歴史伝統の中でさまざまな技法、デザインが生み出されてきた。黄瀬戸、瀬戸黒、織部、志野、染付、刷毛目、掻き落とし…。陶器も磁器も生産している。日本に存在する焼き物の技法は全て瀬戸にはあるのではないか。民衆的な日用品も多いが、茶の湯とのつながりも深く、民藝と芸術工芸が混在する。
このなんでもありの多彩さは、逆に瀬戸の特徴のわかりづらさにも繋がっているかもしれないとも感じていたが、水野さんのお話を聞いていると、それぞれの技法に背景があり、一つ一つが大切な瀬戸の特徴なのだとわかる。
例えば、黄瀬戸とは木灰釉を酸化焼成した結果、油揚げのような独特の黄を発色するが、もともとは青磁のような青を求めて試行錯誤した結果でもあるという。高温で還元焼成すれば青みがかった色になるが、そこまで温度が上がらず酸化焼成となれば黄色になる。そういう試行錯誤の歴史が黄瀬戸という伝統につながっている。
水野さんに焼成室の壁を見るように促される。壁は一面、青みがかって輝いていた。

焼成時に投げ込まれる松材が高温で燃える過程で灰が自然に釉薬となり瀬戸が求めていた青を発色しているのだという。窯内部が釉薬に覆われているのだ。
瀬戸はこの青を求めた。しかし生み出されたものは美しい黄だった、ということ。
やきものの奥深さを物語っている。



