新潟紀行(3)ー塩沢
新潟紀行も3つ目の記事である。
前回は出雲崎での見聞を書き綴った。その後柏崎でこの所集中的に研究対象としている人物、吉田正太郎についてのリサーチを行った。これについては論文に書く内容なので、省略する。
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その後、柏崎から新潟に戻る途中、一日つかって南魚沼市塩沢を訪問することにした。ここもかねがね一度は訪れなければならない場所の一つであった。なぜなら柳宗悦が新潟の民藝の一つとして高く評価した越後上布や塩沢縮の産地だからである。
こういった民藝品は、農閑期の副業として農民が地道に作り続けてきたものが一般的だ。
高い評価や高度な技術とは裏腹にその制作の現場は本当に地道な作業の連続だ。作り手が得られる収入としてもそう大きなものではなく、一家の家計を支えるために必要最小限のものであった。この地域では機織りができるかどうかが嫁選びの条件だったという。
作られた上布や縮は、江戸期は陸路柏崎まで一旦運ばれた。縮布屋に一旦買い集められ、それが行商人によって関西方面まで流通していたという。北前船も流通に一役買っていただろう。
農家の人々の多くの手間、時間がかかってやっと織り上げられた布。それが購買者の手元に届くまでに多くの人の手を渡り、労賃もかかる。
購買者には高級品であっても生産者に渡るお金は僅かであったのだろう。柳がイメージする民藝の作り手を彷彿とさせる。
柏崎は縮布屋の街という側面も併せ持つ。その生業によって旦那衆と呼ばれる程の富裕層も現れた。柳と信仰を結んだ吉田正太郎もその一人だった。
そういう産業構造の中で伝統工芸は生み出されてきたし、その構造が近代になって崩れていくと工芸は岐路に立たされることになる。
ある伝統工芸は廃れ隠滅し、一方である伝統工芸は無形文化財として保護される。
越後上布や塩沢縮は後者である。
1955年に重要無形文化財に指定され、2009年にはユネスコ世界無形文化遺産に登録された。
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ところで塩沢といえば鈴木牧之『北越雪譜』の世界だ。
雪深い越後の風物を江戸に知らしめた幕末のベストセラー。塩沢の街のメインストリートは「牧之通り」と銘打ってその雰囲気を再現している。
新しく整備された通りとはいえ、その地域の歴史や文化をイメージさせる景観の中をぶらつくのはそれはそれでテーマパークのようで楽しい。
残念ながら季節外れなのと、コロナとで閑散としていたが、平時は国内外からの観光客でごった返すという。
外国人観光客には特に楽しい通りかもしれない。
牧之通りから少し入ったところに「鈴木牧之記念館」がある。
鈴木牧之の生涯や『北越雪譜』などの著作で描かれた越後塩沢についての解説が充実している。
2階の越後上布、塩沢紬の制作過程を示した展示は特に興味深く、しばらく見ていた。
数十におよぶ作業工程と道具類。機織りは現代人には気の遠くなるような作業だ。
その作業を人な何故し続けることができるのだろうかといつも不思議に思う。
寒さを凌ぐためであれば他の素材を探し求めそうなものだ。毛皮とか。
なぜ人は機を織るという選択をしたのだろうか。素朴な疑問。
ところで話を戻して『北越雪譜』。
『北越雪譜』を眺めているとイラストがとてもおもしろいことに気づく。
版本であるのになぜあのような細かなイラストを再現できたのか不思議でもあり、感動もするのだが、そのイラスト中に「雪男」がある。
猿に似た毛むくじゃらの「異獣」ということになっているが、今越後塩沢の地酒蔵元青木酒造では、この雪男ブランドのお酒を製造販売している。
そのラベルがこれ。
なんか、かわいいぞ
伝説では、山中で遭遇した村人が、その時食べていた握り飯をその異獣が欲しそうにしていたので、あげた所、嬉しそうに頬張り、お礼にその荷物を持ってくれたという。
とてもいいやつだな
握り飯一つで。
その雪男に会いに、やはり(当然)青木酒造の直売店を訪ねた。
直売店は牧之通りにある。
店内は老舗の雰囲気。番台がある。
展示は当然青木酒造の商品のみ。もともと銘柄は多くはない。
4種類程度の銘柄を並べている。
が、面白いのはグッズがバラエティに富んでいることだ。
雪男グッズが特に充実しているような気がする。おそらく人気があるのだろう。
最近の雪男は荷物ではなく、スキーやスノボも持っている。
いろいろなグッズも売っていて楽しい。
私も思わず、雪男の徳利を所望した。
念の為説明をしておくと、青木酒造のメインブランドは『鶴齢』である。
今、『鶴齢』と雪男徳利で一杯やりつつ新潟酒処を思い出す。
越後上布や塩沢縮と民藝面で大変興味深い地域であるが、
やはり最後はお酒の話でこの旅を締めることになった。
(新潟紀行・完)